木彫 「 稲荷 狐像 」 置物 7

完成です。

 

稲荷神の神使、眷属

狛犬や獅子の多くは阿吽の像として対となっていることが多いですが、稲荷神社の狐像でも同様に阿吽であらわしてあるものが見られます。

「お稲荷さん」の総本社、京都市伏見区「伏見稲荷大社」の楼門前の狐像もそれぞれ玉と鍵をくわえた阿吽の対となっており、玉は稲荷大神の霊妙な神徳を、鍵は大神の宝蔵を開く秘鍵を象徴しているそうです。

 

そして今回制作した狐像も阿吽としてあります。巻物をくわえつつ「吽」ですが、この巻物はいかなる祈願も叶うという稲荷の秘宝をあらわす象徴とされているそうです。

また、付随してあらわすものは他にも「 宝玉、鍵、稲穂、鎌、巻物 」 などがあり、前足のあたりに置いてあるものや押さえている格好のものなどいろいろな形があります。

下から見上げた様子

( 台と本体にダボを一か所打ってあるので離れないようになっています。)

 

稲荷信仰は江戸時代、江戸を中心に一気に広まったとあります。

元来は田の神の性格を持った農業神や聖地などの土地神でありますが、もともとある古社とは別に、町の様子が変わり広がっていくにつれて求められ、新しく稲荷神社が生まれていったとされています。

古くから神聖視されていた狐信仰と、のちの稲荷神とが結びつくことによって、より広がり易かったものと思われます。

 

流れとしては江戸時代中期に、大名、旗本などの武士や有力商人が稲荷神を屋敷神として祀り、武運長久、家内安全、無病息災、子孫繁栄などを願い、それにつづいて町内持ちの稲荷や寺院の境内社も生まれていったようです。

また、稲荷神の神徳は五穀豊穣、産業興隆、商売繁盛、家内安全、芸能上達などを中心に多岐に亘りますが、イナリ(稲成、稲生) と名からもわかるように「米」「稲作」に通じ、その根底には五穀豊穣の願いがあります。米を経済の根本とする社会で江戸時代には商売繁盛の神と認められ人気を集めていったようです。


神仏習合もあって様々な民間信仰も取り込み、漁業に携わる者からは漁業神として祀られるというように、養蚕、鍛冶などそれぞれの人々の生業に応じて多彩な利益が求められ、同じ稲荷神でも祀られた場所、由縁によってそれに対応した特色のある霊験があるとされ、現在でも厚い信仰を受けています。